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エゴイスティックな思いやり

 

手を差し伸べたい人がいる。声をかけたい人がいる。

でも僕がそうすることは、たぶんその人にとって一番良い方法ではないと思う。

 

生まれも育ちも今おかれている状況も、全てが僕とは全く違う人で。

重なるところがあまりにもない。

 

もし同じ体験を持っていれば、もし重なるところが少しでもあったなら、共感をもってその声は届くんだろう。

そしてたぶん、そうじゃない人が声をかけることは枷にしかならないんじゃないか。

 

 

人から差し伸べられた手を振り払いたくなることってあるじゃない?

「お前に何が分かるんだ」っていう。

もちろんそうしてくれるのは善意からで、この人は本当に僕を心配してくれてるんだろうなってのはわかる。理性ではね。

 

でも感情は違ってて、差し伸べられた手を握って立ち上がりながら、その人にまで暴言を吐いている。

全ての人がそうだとは言わないけど、僕はそうなっちゃう。

 

 

だから逆の立場になったときに、簡単に言葉をかけることはできない。

自分の言葉が逆に相手を追い詰めるんじゃないかと、お礼の裏で余計にどす黒い思いを抱えさせてしまうんじゃないかと思ってしまう。

 

 

でも本当に心配してて。声をかけたいって気持ちもあって。

どうすればいいんだろう。もう長いこと同じようなことを思うけど未だにわからない。

 

 

なぜ自分にはそういう経験がないのだろうなんて考える。

何が僕をこんなに楽観的な、おめでたい人間にしたんだろう。

 

 

昔はよく泣いていた。完璧主義で、すべてが思い通りにならないと気が済まなかった。

小学2年生の時だったかな。

テストで初めて90点未満をとったときに泣いた。

 

僕の家は父親が単身赴任で、母親と妹と暮らしていた。

女社会(本人たちは頑なに認めないけど)の中で、本当によく泣いた。

 

一番泣いたのはたぶん中3の総体に負けた時。その試合で僕は2回決定的なチャンスを外した。

顧問にサッカーの理解があまりない中学だったけど、その中でまがりなりにも頑張ってきた2年半だった。

大袈裟だけど、神様なんていないんだと思った。

小中7年間やってたサッカーだけど、もういいやと思って高校ではやらなかった。

 

高校からは真剣勝負の場にそもそも身を投じてない気がする。

どこか余裕をもって、「自分は本気になればもっとできた」って逃避できるように生きてる。

 

そう考えると中学の総体は人生のターニングポイントだったのかもしれない。

 

 

 

話が横道にそれたけど、今の僕は本当に楽観的で嫌なことも1晩寝れば忘れる人間だ。

そのこと自体には大いに感謝しているけれども、こういう時にはそれが仇になる。

 

 

 

できる限りの想像力を働かせてイメージしてみても、たぶんその人の体験してることの1%にも届かないのだろう。

 

そんな僕が声をかけるのはもはや僕のエゴでしかない。

声をかけるべき人は、本当にその人の助けになる人は絶対に僕じゃない。

それはもう、僕が心配してることをその人に知ってほしいというエゴでしかない。

 

それでも僕は伝えたいと思ってしまう。

振り払ってくれていいから、お前なんかに何が分かるんだって言い返してくれていいから。

心配してるよって。見守ってるよって。応援してるよって。

力になれなくってごめんねって。

 

エゴイスティックでごめんね。

 

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